こんにちは、院長の宮脇大です。
前回の前編では、ゲノム・遺伝子とは何か、そして自分自身のLDL 180というエピソードを交えながら、「Genotype(遺伝子のタイプ)」という考え方についてお話ししました。
今回の後編では、このGenotypeが実際の医療の現場でどう使われているのか、そして予防医療にどう繋がっていくのか——大学院時代の研究経験も交えながら、お話ししていこうと思います。
Genotypeが治療方針を変えた、あの出来事
Genotypeを見て、その人の治療方針を決める。 これは、本当に素晴らしいことだと思っています。
今から10年以上前、このことがセンセーショナルに受け取られた出来事がありました。
トゥームレイダーシリーズで有名な——私のイメージは『Mr.&Mrs.スミス』なんですが——アンジェリーナ・ジョリーさんです。
彼女は、BRCA1という遺伝子のタイプに変異があることが判明しました。 そのGenotypeから、将来的に乳がんになりやすいことが医学的に判断できた。
そして彼女は、数ある選択肢の中から、予防的な乳房切除術を選択したのです。
シンプルに伝えすぎると誤解を招くこともあるので補足しますが、「こういう選択をした著名人がいる」という事実として受け取っていただければと思います。Genotypeを医療に活かすということが、もはや現実のものである、ということです。
がん治療での「層別化」
もう少し、腑に落ちやすい例を出すとすれば——がん治療の話があります。
「がん」があると分かったとき、そのGenotypeを調べます。これをGenotyping(ジェノタイピング)といいます。
調べた結果、
- 「あなたのGenotypeには、治療法Aが効果を出しやすいというエビデンスがある。だから治療法Aで行きましょう」
- 「あなたのGenotypeでは、治療法Aが効きにくいデータがある。治療法Bを選択しましょう」
こういったことが、日常臨床レベルで行われています。
エビデンスが積み上がり、それが実臨床に落ちてきて、保険収載されれば、さらに多くの方のもとへ届く。がんの領域は、ゲノムによる層別化が最も進んでいる分野です。
高血圧も、層別化で見え方が変わる
この「層別化」という考え方は、他の病気にも当てはまります。
「高血圧症」という診断をもらっても、その原因は一つではありません。
例えば、診察しながら検査を進めていくと——
「あなたには睡眠時無呼吸症候群がありますね。それが高血圧の原因になっている可能性があります。まずは降圧薬より先に、CPAP(睡眠時無呼吸症候群の治療)から始めてみましょうか」
こういった判断を日常的に行っています。これも、重要な層別化なんです。
(睡眠時無呼吸症候群については、SAS外来のサイトでも詳しく書いています)
遺伝・ゲノムによる層別化がさらに進めば、「これまで原因不明とされていたもの」がより細かく分類され、より適切な治療に結びついていく——そんな未来が、確実に近づいてきています。
大学院時代の研究 — 拡張型心筋症とPhenotype
私が大学院生時代に取り組んでいたのが、まさにこのGenotypeでした。
心筋症という病気があります。聞き慣れない方も多いと思いますが、シンプルに言うと「何らかの原因で心臓の動きが悪くなる病気」です。
大阪大学は、日本で心臓移植を行う施設でもあるので、心臓移植を必要とするような重い心筋症の患者さんが非常に多い環境でした。
その中でも多いのが、拡張型心筋症(DCM = Dilated Cardiomyopathy)です。
もとも子もない言い方をすれば、「心臓が拡張してしまうタイプの心筋症」という層別化をしているだけで、それ以上でも以下でもない。「何かしらの原因で、心臓が拡張して動きが悪くなっている」状態です。
その「何かしらの原因」をもっと突き止めていこう、それぞれに合った治療法を見つけよう——というのが研究の出発点でした。
現象を深堀りしていくと、こんなことが見えてきます。
ん?なんだか、アルコールをめっちゃ飲んで、拡張型心筋症になっている人がいるな。 出産後に拡張型心筋症になっている人がいる? ある種の抗がん剤を使った後に拡張型心筋症になっている人がいるぞ?
これは遺伝・ゲノムを元にした分類(Genotyping)ではなく、現象(Phenomenon)を元にした分類です。これをPhenotype(フェノタイプ)、分類することをPhenotyping(フェノタイピング)と呼びます。
GenotypeとPhenotypeの両方をしっかり見ていくことで、よりよい治療に結びついていく——それが大学院時代に学んだことでした。
Precision Medicine — 2015年のオバマ演説から10年
「個別化医療」あるいは「Precision Medicine(プレシジョン・メディシン)」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
2015年、当時のオバマ大統領が一般教書演説で「Precision Medicine Initiative」として発表しました。遺伝子情報や生活習慣に基づき、個人の特性に合わせた次世代の医療を推進していこう、という宣言です。
あれから10年以上が経ち、いろんなことが形になってきていると感じています。
アルコール性心筋症の話に戻ると——アルコールをたくさん飲む方が全員、心筋症になるわけではありません。妊娠・出産で全員が周産期心筋症になるわけでもない。
楽しくお酒を飲むこと、妊娠・出産という尊いこと。それが大きな病気に繋がってほしくはない。
でも、全員に一律で心臓の精密検査をしましょう、というのは、現時点では合理的ではありません。
だからこそ——「あなたのGenotypeからみると、飲酒量は控えめにしておいた方がいいですよ」「妊娠・出産のタイミングに合わせて、この検査を追加しておきましょう」といった、GenotypeとPhenotypeを踏まえた予防医療が実現できるわけです。
予防医療へ — これからのかたち
大学院時代に取り組んだGenotypeとPhenotypeによる層別化の研究は、当時の自分の中では一区切りしました。
でも、心筋症という難しい病気の話だけでなく、生活習慣病の治療や予防医療を進めていく中で、ゲノムは切っても切り離せないものだ、ということを深く理解しています。
「ゲノムを活かした予防医療を、どうやって社会に届けていくか」——それが、今の自分の仕事の核にある問いです。
この記事を読んで「自分のゲノムも気になってきた」という方は、ぜひゲノムでYOBO相談をご覧ください。まずはLINEでのご相談からでも、お気軽にどうぞ。
それでは、また!